• MEGANE MAGAZINE

    • 思い出あれやこれや……めがねフェスの裏方トーク!運営企画チームインタビュー

      2014年に第1回を開催し、10年続いためがねフェス。

      真っ赤なイメージカラーが目を引くめがねフェスの全体デザイン、ステージの進行、出店者の取りまとめなどなど……。

      裏方として様々な企画運営を担ってきたみなさんに、10年をじっくり振り返っていただきました。(話ながら時々遠い目になるみなさんをご想像ください)




      簡単な自己紹介をお願いします。

       

      島村 一般社団法人 福井県眼鏡協会の島村です。私は第2回目から、事務局としてめがねフェスに参加しております。実は福井に戻ってこの仕事に就いたのですが、入ってすぐ2ヶ月ぐらいのタイミングで前任者から担当が私に代わり、何もわからない状態からとにかく走ったことを覚えています。

       FM福井(福井エフエム放送株式会社)の代表取締役を務める堀謙と申します。めがねフェスの第1回から第6回まではステージ司会、第3回からはステージの運営と出店者のお世話係をしています。主にステージまわりの仕事を10年携わらせていただいています。

       

      三田村 GOOD MORNINGの三田村です。私たちは第1回から参加させていただいて、主にデザインを担当しております。めがねフェスの名付け親でもあります!僕の場合はデザインの他に、木を切ったり、組み立てたり、ブースや装飾の工作担当でもあります(笑)

      真田 同じくGOOD MORNINGの真田です。私は、女性部部長かな?(笑)デザインや広報の担当をさせてもらっています。

       

       

      めがねフェスの最初の頃はどのような感じでしたか?

       僕はめがねフェスが生まれた後で、司会者として呼ばれて参加しているので、最初の企画の打ち合わせなどには居合わせていないんですよ。第1回目は寂しかったなぁ〜。あの頃はめがね会館の軒下に小さなステージを組んでやっていたんですが、最初はお客さんも少なくて関係者ばかりだったですね。参加者数は500人ぐらいだったと思います。

      最初のめがねフェスは手作りの小さなステージでした。めがねフェスオリジナルバンド「メガネーズ」

      三田村 めがねフェスの実行委員会という形ではなかったですが、僕たちとめがねの関連企業の方とお好み焼き屋さんで打ち合わせをしたことを覚えていますね。当時は眼鏡協会さんに事務局はもちろんなかったので、みんな手探りの状態だったと思います。

      真田 最初のめがねフェスの時、思った以上に若い人が参加してくれたということが印象に残ったみたいで、地元の方々の反応が良かったんですよね。福井ではちょうどFacebookを中心としたSNSが盛んになっていた頃で、めがねフェスの様子を投稿などで見た人が「楽しそうだなぁ」と感じてくれたのも、情報の拡散につながっていきました。

      三田村 めがねフェスのロゴや見せ方は、第1回目の最初から決めていたので、ビジュアル的なわかりやすさがSNSとマッチングしたのかもしれないですね。

      真田 第3回以降ぐらいからWeb記事がさらに拡散されたことで、県外からの参加者が多くなってきました。めがねフェスの前身であるめがねまつりの時から、小松原さん(初代実行委員長)はめがねに関心のある人は地域関係なく来てくれるだろうと予想されていたのですが、潜在的に全国のめがね好きのみなさんに刺さったんだと思います。

       

      めがねフェスの10年で一番心に残ったこと、一番苦労したことはなんですか?

       それはやっぱりコロナ禍の第8回の直前バラシ(中止)が一番つらかったですよね。第6回から鯖江市や別のイベントとのコラボが始まって、爆発的にご来場者増えました第7回はコロナウイルスの影響で最初からオンライン開催だったので、気持ち的には準備ができていたんですが、第8回の時は夏のリアル開催に向けて本当に直前まで熱中症対策の備品を用意していましたからね。

      良い思い出は、「めがねナイト」の初日の夜のラストのステージを観るのが好きなんですよね。すごく開放感があって、個人的にはすごく楽しみにしている時間です。「JB ORGA BAND」や「テクノ法要」などの個性的なステージは圧巻ですし、手品とかも本気で横からじっくり見てもタネがわからないんですよ(笑)ステージにいるからこそ、とにかくこの夜の雰囲気が大好きですね。

      島村 良い思い出は、CUTIE PAIのまゆちゃんのステージにみんなで上がったことですね。(そのシーンはこちらの記事をどうぞ)初めてこういったステージを目の当たりにして「へぇ〜!こんなふうになるんだ〜!」と、めがねでお客さんとステージが一体になることに驚きが大きかったですね。

      直近だと、昨年の第9回でしょうか。なかなか十分に告知できなかったこともあって、2回の中止を経てお客さんがちゃんと戻ってきてくれるだろうかと不安な部分が大きかったんです。会場の設営が始まるまではフワフワと現実味がなかったですし当日会場いっぱいのお客さんを見て感動していました。

      三田村 僕も島村さんとかぶってしまうんですが、一番感動したシーンはまゆちゃんのステージでしたね。また、第9回のオープニング待ちの光景が印象深いです。昨年から入口にゲートを作ったことによって、お客さんがゲートが開くまで行列を作って待ってくれたんですよね。それを見て、めがねフェスを待ち望んで来てくれる人がいるんだと実感を持ちました。また、めがね軍曹さんのような個性的な方が毎年来てくださって出会えることも嬉しいなと思います。



      今年の見どころを教えてください。

       今年は鯖江市とのタイアップがすごいですよね。新たにメガ展のようなコンテンツも増えますし、ステージ上には大型ビジョンも投入します。

      真田 大型ビジョンといえば、映画「おしょりん」に関する映像や、東京藝術大学大学院映像研究科の皆さんによるめがね作文を原作とした映像作品がさらにパワーアップして上映されますよね。若手俳優さんが出演されることもあって、問い合わせも来てるみたいです。

      三田村 今年は出店者さんの方がブラッシュアップの意識が高くて、今回はこうしてみよう!と力を入れている感じがありますね。

      真田 めがね業界からの出店が今年はすごく多いんですよ。「自分たちで面白いことをやりたい!」と思ってくださる方が増えましたね。

      島村 眼鏡協会にいる僕個人としては、こうしてめがね業界からの参加企業が増えている状況は悲願の流れですね。特に、新企画のメガ展はめがねのフレーム製作以外のメーカーが参加できるので、幅が広がったと感じています。実際、めがねができるまで10社以上の企業が関わっているので、きちんと表舞台に出せるコンテンツができたと思います。ぜひ、良い波紋が生まれている現場を見てほしいですね。

      真田 めがねフェスと言うと、お祭りなので軽いノリではあるのですが、意外とみんなめがね業界の将来を考えて真剣にやっているんですよ(笑)



      めがねフェスの夢はありますか?

      真田 パリで開催することですね!

      島村 パリですか〜(笑)でも、実際、めがねフェスをパッケージ化して、鯖江を飛び出していろいろな地域で開催してみたいと思っています。パリやミラノといった海外も、めがね業界では海外展示会など参加しており馴染みのあることなので、めがねフェスをやったら普通に受け入れてくれると思います。

       僕はフランス語を覚えてステージMCを担当すれば良いですね(笑)



      めがねフェスのファンのみなさんに最後に一言お願いします!

      真田 めがねという一言で、こんなにたくさんのことを経験させてもらっていて、めがねフェスのお客さんにもたくさんのことを教えてもらっています。感謝を伝えたいです。「めがねよ、ありがとう!」

      三田村 めがねはあなたを待っています!

       めがねフェスは参加の皆さんによって雰囲気が作られているんですよね。めがねフェスの細胞は参加者一人一人。今年も楽しい気持ちで、ぜひ参加してください!

      島村 めがね業界にいる僕ですら、めがねはまだまだ奥が深いと感じています。これからめがねに触れるみなさんも、めがねの魅力、知識、知らないことを知る場所にしていきたいと思いますので、もっとみんなでめがねにハマりましょう!



      いかがでしたか? ゆるゆると、かつ、熱く語られた企画運営チームのインタビュー。

      今年のめがねフェスも、現場を陰で支えながら、最前線で誰よりも楽しんでいるかもしれません。見かけたら、気軽に声をかけてくださいね。